重陽

    九月九日は重陽の節句です。今から二四〇〇年ほど前の中国のこと、誤って周王の枕を跨いだ慈童は、酈縣山へ配流となる。彼が流刑地へ続く唯一の橋を渡り終えるや、非情にも警護の役人は橋を切り落とし、慈童は王の形見の枕を抱きつつ、ひとり山中に取り残される。それから七百年が経った魏の時代。酈縣山麓から霊水が湧き出たとの報せに、役人が現地へ派遣される。すると、山中には一軒の庵があり、中には一人の童子がいた。彼こそ、かの慈童のなれの果て。実は彼は、形見の枕に添えられた妙文を菊の葉に書きつけ、そこから滴る雫を飲んだことで、不老不死の身となっていたのだ。慈童は不老長寿の薬の酒を讃えつつ上機嫌で舞い戯れ、妙文を勅使に捧げて帝の安寧を言祝ぐというお話。

    重陽の人形はあまりありませんが、これは四十年ほど前に当社でこしらえたものです。菊の花も作りこんであります。

    今では重陽のしつらえは茶華道の世界くらいでしかお目にかかれませんが、気の利いた料理屋さんなどでは重陽にちなんだお料理を出してくれることがあります。

    現在の暦では少々季節が早すぎる感がありますが、旧暦あるいは月遅れでされるとしっくりきますね。九-九と、最も大きな奇数の重なるこのお節句は中国でも日本でも中世までは最も大切な節句のひとつでした。