連載 重箱のスミ ㊶

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三方と菱餅 ~その二~

 瓶子と口花 ①

 三方と言えば、その上に乗っているのが、飾りの花が口に挿してある瓶子(へいし)です。瓶子は銀色の金属製のものが多いのですが、これは錫(すず)の瓶子を表しています。錫は、お茶の伝来とともに茶葉入れとして伝わり、柔らかく、加工が容易なためお酒を入れる容れ物として使われるようになりました。錫は高級品なので一般の瓶子には素焼きの白いものが多く、神社やご家庭の神棚に飾られるものもほとんどが素焼きのものです。中世には木製に漆塗りのものもさかんに作られました。

 中にはお酒を入れ、口花(くちばな)を挿します。口花は一般には熨斗口(のしぐち)とか御神酒口(おみきぐち)と呼ばれ、神社や旧家などではお正月やお節句などおめでたいときに飾られます。

 お雛さまのときに口花として飾られるのは「桃」と「柳」です。上の方の細長く、やや淡い緑の葉っぱは柳で、紅白の花が付いているのが桃です。中国では昔から「桃紅柳緑(とうこうりゅうりょく)」といって、春のもっとも美しいものとして桃と柳が愛でられており、ここからお雛さまにも飾られるようになりました。西城八十作詞、李香蘭が歌って大ヒットした「蘇州夜曲」にも柳と桃が出てきます。NHK朝の連続ドラマ「ブギウギ」にも出てきた服部良一の作曲です。李香蘭は後に山口淑子の名で参院議員にもなりました。

 もう一つ、「桃紅李白薔薇紫(とうこうりはくそうびむらさき)」という言葉が中国の古典「詩格」にあります。この言葉から、画家・篠田桃紅は名付けられたと言います。ここでは桃の紅、スモモの白、バラの紫が美しいものの例えとなっています。この桃紅さんは、「努力で得られるものなどたいしたことはない」と言っています。昨今の、努力すればなんでも叶うという流れとはまったく違います。天賦の才能と努力があれば、多くのことは実現するかもしれません。しかし、どんなに努力してもだれもが大谷選手になれるわけではありません。まず、あの身体がなければ無理なのです。身長が低い女性がどんなに望んでも、スーパーモデルになれないのと同じです。身体だけでなく、だれでも身に備わった能力というものがあります。それは十人十色で、その備わった能力を活かす努力をしなければ大きな成果を得ることはできないということを言いたかったのかもしれません。(もう一つ、深読みですが、たぶん、彼女の途方もない努力をご自分では努力と思っていなかったフシがあります。書や絵が好きで好きで、そのための努力は努力ではないと思っていたのでしょう。)

 口花に桃と柳が表現されているものは少なく、桃というより赤い梅のようなものだけのことがほとんどです。お雛さまを飾る意味合いとしては重要な部分なのですが、あまり顧(かえり)みられません。最近は口花でさえなく、なにかよくわからないものが置かれていることが多くなりました。「伝統的な」とか、「有職」、「様式」を謳うならば見逃すことのできない部分なのですが。

 ほんとに重箱のスミ的なことがらです。

画像ではわかりにくいのですが、薄緑の細長い柳と、濃緑で丸みのある桃の

二種類の葉が表現されています。

 

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