馬と虎 ~その五~
張子の虎
張子の虎
令和四年、寅(とら)年を迎えた新春、島根県の出雲地方に伝わる郷土玩具「張子虎(はりこのとら)」が、公開された天皇ご一家のお写真に登場し、地元の関係者を喜ばせました。しかし、時すでに遅く出雲張子の後継者はもうおらず、この虎もずっと以前に高松宮家に伝わっていたものが今も天皇家で保管されているということです。
張子の虎は干支にあたるときの飾り物としてだけでなく、端午の節句のたびに「もっとも強い動物」として飾られてきました。また、「虎は千里を走り千里を帰る」と言われています。相場の上がり下がりを表す言葉にも使われるくらいですから、昔からよく使われていた言葉なのでしょう。戦時中には、出征する息子のために千人針を縫ってもらおうと、寅年の女性にお願いして回ったというお話もあります。かならず無事に帰って来るようにという、わらにもすがる親心からでしょう。
五月人形にかつては加藤清正もよく登場しました。虎と戦っている姿が多いのですが、朝鮮出兵の折り、出くわした虎を退治しているところです。そして、必ず手に十文字槍を持っていますが、この片方が折れています。これは、この虎退治のとき虎に槍の穂先のひとつをかみ砕かれたのだと言われています。名古屋城正門を出た能楽堂の南に、独特の長烏帽子形兜(ながえぼしなりかぶと)を被った清正像があります。名古屋城を築いたと言われていて、名古屋にはご縁の深い方です。
馬が桐塑(とうそ)や木彫りで作られるのに対し、虎は張子です。首はゆらゆらと動くようにできていてユーモラスな感じさえあります。
この張子という民芸・工芸品も各地で絶滅の危機にあります。かつては「ダルマ」や「犬張子」、節分やお祭りのときの「お面」など多くの種類があり、子どものおもちゃとしても使われてきましたが、次第に衰退し高崎のダルマなど大きな産地は数か所をのこすだけになりました。しかし、張子作家・荒井良氏の作品が京極夏彦氏の本の表紙に用いられ注目を集めたことから、美術を志す若い人たちが興味を示すようになってきたのは一筋の光明です。
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