明けましておめでとうございます
今年最初の連載ブログです
「重箱のスミ」をほじくるのがこのブログの趣旨ですが、今回は重箱のど真ん中のお話。
「お雛さまの意味」です。長文ですがお許しを・・・
ひとがたの紙

紙雛 自立しません

現代の立雛 自立します
昨夏、大谷選手に女の子が授かり、「日本の女の子として育てたい」というニュースがありました。もうすぐ初節句。どんなお雛さまを飾られるのか楽しみでしょうがありません。
よく「お雛さまは何歳まで飾るの?」と聞かれます。これは、そのお雛さまを飾る意味がわかればおのずと答えが出てきます。昨年、ある有名デパートの雛人形売り場を眺めていたら、販売員の方に「小学校くらいまでしか飾らないのだから、この小さいのがお勧めですよ」と言われました。そんな失礼なことをお客様に言っているのかしらと心配になりましたが、まあ、余計なことは言わずにその場を立ち去りました。
ひな祭りは3月3日です。この日は古来「上巳の祓え(じょうしのはらえ)」というお祓いの日、各地の神社で催される「夏越の祓え(なごしのはらえ)」とか「大祓(おおはらえ)」と同じお祓いの日なのです。明治以降、太陽暦が採用されて今の暦の3月3日に行われていますが、それ以前は旧暦・太陰暦で行われていたので今で言えば4月の初旬にあたります。
なぜお祓いの日に雛人形を飾るのか?
夏越の祓えなどに行くと、人の形に切り抜いた2~30cmほどの白い紙を渡され、ここに名前などを書いて息を吹きかけたり、身体の具合の悪いところを撫でて納めます。これを神社でご祈祷して厄除けのお祓いとします。
平安時代の上巳の祓えは、「御堂関白記(藤原道長の日記)」などに、道長が陰陽師や周囲の男女を大勢連れて加茂川に祓えに出かける様子が描かれています。旧暦ですので河畔には桜が咲き乱れ、他にもたくさんの人々が同様に祓えに来ていたことでしょう。ひとがたの紙で身体を撫で、厄を移して陰陽師のお祓いを受けて加茂川に流します。その後はお酒を飲んだり笛や琴などで歌ったり踊ったり楽しい宴会になります。辛気臭い行事ではなく、にぎやかなお花見のような行事だったようです。今のひな祭りと同じ楽しい行事です。
この「紙のひとがた」をお家に持って帰ってお守りにする人もいました。この方たちの中で、「あたしはしょぼい紙じゃなくちょっと豪華に布で作りたい」というセレブが当然出てきます。きれいな布で作ると、今度はお顔ももう少しきちんと作りたくなります。そこで、お顔付きの祓えの人形が出現するのです。このときはまだ夫婦でなく一体です。
もともとが祓え=厄除け、厄払いですので、いざというときのお守りとして親が子に持たせることもありました。それは、結婚や出産であったり、いくさに出かけるときのお守りだったりします。しかし、鎌倉、室町以降、結婚が政略的に行われる時代になると、娘に持たせる人形は夫婦姿の男女一対になります。秀吉は猶子(前子)に巨大な立雛を持たせたそうですし、家康が尾張に人質として預けられたとき、預かり先の熱田の加藤図書助の娘ツマさんが家康のために作った男女一対の立雛は今も名古屋に現存します。祓えの人形なので、この頃は女性だけのものではありませんでした。
江戸時代になり、こうした人質のようなことも減ると、祓えの人形は主に女子の嫁入りのお守りに用いられることが多くなります。このころまでは人形も薄っぺらな形で自立しなかったのですが、次第に自立する立雛に進化してきます。座った形の雛人形が現れたのは江戸時代の初期のことですが、まだ立雛が雛人形の主流でした。
江戸も中期の享保時代、世の中は安定し雛人形も大きく豪華なものが出現してきました。そこで当時の将軍様、暴れん坊将軍吉宗が行ったのが享保の改革です。このお触れの中に「雛人形は高さ8寸(24cm)以内」というのがありました。困った人形師が編み出したのが、それまで大きな立雛だったのを「座らせる」ことでした。これが決定打となり、以後、雛人形は座ったかたちのものが主流になります。
大名家では娘の嫁入りに雛人形を持たせることが通例になり、嫁入り道具のミニチュアをひな人形の道具としてそえるようになります。実際の嫁入り道具を、雛人形の大きさに合わせて小さく作るのですが、タンスの中の着物や小さな道具類も持参品そのままに縮小して作られ、世界でも類のない極めて精巧な人形の世界が誕生しました。
こうして、誕生した雛人形が今につながるのですが、その基本精神である「厄除け」「お守り」は変わりません。現代に雛人形を飾る意味を求めるなら、それは「入学」「入試」「結婚」「就職」「試合」「引っ越し」「独立」など人生の転機となるときの「厄除け」「お守り」です。特に入試や就職、結婚のときには飾っていただきたいと思います。以前は、ご結婚のとき、自分は次女なのでお雛さまがなく、嫁入り用に買いに来られる方もちらほらいらっしゃいました。
このように、お雛さまは「何歳まで」と決めるものではなく、本来ならばその方の生涯にわたって飾られるものなのです。
「日本の女の子」はお守りとして自分の雛人形を持っているもの。最近、「体験の格差」ということを言われますが、「ひな祭り」という体験をされているかどうか、そのこと自体がお子様の心の発育と大きな支えになります(もちろん、ひな祭りだけではありません)。それは、単なる体験ではなく、ご家族からの祝福、愛情、祈りが凝縮したものであり、生涯、目に見えるかたちで繰り返し確認できるものだからです。
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