三代続くお得意様宅にお節句飾りを拝見に・・・
総裏の大鎧、手描きの座敷幟、螺鈿の菖蒲屏風、本漆塗桧・本流備畳の飾台、黒檀の短檠などなど、素晴らしいしつらえです。
今では製作困難なものもありますが、端午の節句はこうでなくちゃ、の見本のようなお節句飾りです。
三代続くお得意様宅にお節句飾りを拝見に・・・
総裏の大鎧、手描きの座敷幟、螺鈿の菖蒲屏風、本漆塗桧・本流備畳の飾台、黒檀の短檠などなど、素晴らしいしつらえです。
今では製作困難なものもありますが、端午の節句はこうでなくちゃ、の見本のようなお節句飾りです。
正平6年6月1日
節句飾りの鎧や兜の革の部分に、たまに「正平六年六月一日」と書かれていることがあります。これはなにかというと、この革に描かれている唐獅子や牡丹、唐草模様がお許しを得たものであるという証なのです。
南北朝時代、後醍醐天皇の皇子・懐良(かねよし、かねなが)親王が征西大将軍として九州で勢力を伸ばしましたが、時に正平六年六月一日、肥後の国・八代の名工に当時勝手に描くことのできなかった獅子や牡丹、唐草模様を許し、その日を記したものなのです。この革を正平御免革(韋)と呼びます。
子供の頃、この文字が書いてある鎧や兜を探して喜んでいました。けれど、最近はとんと見かけなくなってしまいました。聞けば、どうもこの文字が書いてあると、革の半端なところを使ったもののように思われ、クレームがくることがあるらしいのです。私たちは、むしろ「当たり」「縁起が良い」と思っていましたが、どうも最近はそうではないらしいですね。説明できないお店がふえたのかもしれません。
ときおり、お客様から「兜のてっぺんの穴にはめるものがない」と、
クレームをいただくことがあります。この穴にはめるものはないのです。
名前は「天辺孔」といい、穴を構成している金具を「八幡座」といいます。
この穴は何のためにあいている?
いくさは涼しい時ばかりではありません。真夏のときには陽にやかれて、
目玉焼きができるくらいに熱くなります。その熱気を逃すためにあいて
います。烏帽子をかぶった人形がありますが、平安時代から鎌倉初期には
兜はこの烏帽子をかぶったまま兜をかぶり、烏帽子の先端をこの穴から外に
出します。3番目の絵のように、兜の上から出ている黒いものです。
暑い時には当然、頭がかゆくなります。そのときはこの穴から棒を突っ込んで
掻きます。鎌倉時代後期には、兜の内側に布や革で「うけばり」というクッ
ションを貼るようになったので、兜の先から烏帽子を出すことはなくなり
ましたが、代わりに最後の絵のようにこの穴に飾り物をくっつける変な人
(””(-“”-)”)も現れました。江戸時代の節句飾りの兜にも、この穴に造花や
作り物を立てたものが見られます。
可愛らしいものが多いのですが、そこは永年飾っていただくために、それなりの完成度が求められます。つまり、大人になっても飾っていただけるような存在感とデザイン性です。
左の武者人形の旗には御家紋をお入れすることもできます。
小さなものは5000円ほどから各種ございます。
入学試験本番の時期です。お雛さま、五月人形をお持ちのお子様には、是非、いま、飾ってあげてください。
お雛さまはお子様にとって最強のお守りです。お誕生の時のご両親、ご家族の暖かい思いがこめられた、そのお子様だけのために用意されたお雛さま。これを入試の今、飾らずにいつ飾る?ぜひ、今、お飾りください。
端午の節句飾りをお持ちの男子は、それこそ出陣の日です。「人事を尽くして天命を待つ」。
お雛様も五月人形も、お子様にきっと勇気と、守られているという安堵感を与えてくれるはずです。
がんばってくださいね!!