連載 五月人形の重箱のスミ 85

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甲冑 兜 ~その二十二~

 兜の櫃(ひつ) ④

紋帳

 以前は節句飾りのお櫃の多くにこの「前」の字が入っていましたが、いまではほとんど見ることがなくなってしまいました。それどころか、このお櫃自体も省略されることがふえてきて、こうした「様式」の意味がわからなくなりつつあります。歌舞伎の「盛綱陣屋(もりつなじんや)」に出てくる櫃にも大きく「前」の字が入っています。これに「前」が入っていないとただの黒い箱になってしまい、意味がわからなくなってしまいます。これが「様式」です。歌舞伎だけでなく、全国のお祭りでも、俳句や短歌でも、七五三やお盆、お正月、さらには床の間やお仏壇、茶碗やお箸などすべての伝統的なものごとには様式があって、それこそがその国の「文化」であり、つまり「国」そのものだと思います。

 お話を戻して、「前」が入っていない場合もありますが、その場合にはお子さまの「定紋」をお描きすることができます。しかし、最近流行の櫃がない飾りだとそれすらもできなくなってしまいます。「お子さまの定紋」と書きました。言い換えれば、お父さんの定紋です。一般には「家紋」と同じ意味を持っています。わざわざこう申し上げるのは、例えば次男さんの場合、そのご実家の家紋を必ずしもそのまま受け継ぐ必要はないからです。「家紋」というと、最近の若い方、特に女性は拒否感を抱くこともあるようです。「私は家に嫁いだわけではない、彼と結婚したのです。」というお考えだと思いますが、家紋は区役所に届けるわけではありません。ご本人が次男で、独立した家族を営もうとするならば、新しくその「家紋」を作ってもいいのです。「家紋」というと、昔からの家制度にしばられるような感覚に陥るかもしれませんが、個々のファミリーを象徴するシンボルマークと思えばそれほど堅苦しいものではありません。全国の家紋を集めた「紋帳(もんちょう)」という本が何種類も出ていますが、これは、主な家紋を集めているもので、ここに載っていないものも実はたくさんあります。日本だけかと思えば、欧米にもこうしたものはあります。主に貴族が中心で(これは日本でも同じですが、明治以降ほとんどの一般家庭でも家紋を持つようになりました。)、それぞれシンボルマークやスコットランドでは独特のタータンチェックの柄があります。たぶん、「家」制度がお好きでない方も、「我が家のタータンチェック」にあこがれる方は多いのではないでしょうか。その精神は家紋と同じではないかな、と思います。昔、ロバート・レッドフォードの映画「華麗なるギャッツビー」(古い!)で、ギャッツビー家のシンボルマーク「GG」が出てきましたが、これも家紋のひとつでしょう。家具や食器などにもこの「GG」マークが入っていました。(スコット・フィッツジェラルドの原作「The Great Gatsby」の映画化。ロバート・レッドフォードとミア・ファローの美しい作品でした。自分でGreat Gatsbyの頭文字GGを使うのがすごいな、と妙な点に当時感心していました。)

 家紋というとどうしても「家」の紋章という意味がつよくなりますが、「定紋」という言い方をすれば、少しだけ個人に近寄った感じがあります。もともと、町人にはなかったものですので、「家に嫁いだわけではない」とお考えの方には「定紋=シンボルマーク」という表現でとらえていただくと良いと思います。

節句文化研究会では、こうした 面倒臭いけどなんだか楽しい節句のお話を出前しています。カルチャースクール、各種団体、学校などお気軽にお問合せください。→HP最後のお問い合わせメールからどうぞ

これまで、いくつかの和文化カルチャースクール様、ロータリークラブ様、徳川美術館様、業界団体様、中学の授業などでお話させていただいています。

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