2010年3月アーカイブ

My 桜

 「わたしだけの桜」をひそかに持っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。これが私の「My 桜」です。なんの変哲もない、ただの道ばたの老木ですが私の桜です。

 ここは長島町通りの北詰、東照宮の門前です。桜の季節になると子供のころからここの観桜会によく連れて行ってもらいました。とても楽しみで、家から歩いてお宮に向かい角を曲がると最初に目にはいるのが、この桜の木です。ですから、「この桜が咲いている」 → 「桜のお祭り」 → 「嬉しい」 というパブロフの犬のような心理が私には刷り込まれているようです。

 この他にも数本「私の木」がありますので、また機会があればご紹介します。

 東照宮と那古野神社は同じ敷地内に隣り合わせで祀られていて、この季節にはお花見客でとても賑わいます。屋台がたくさん出て、木の芽田楽と衣かつぎが名物ですが、そんなにおいしい訳ではないのに雰囲気ですごく美味しく感じます。(ほめているんだか、いないんだか・・)

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My 桜

 

 

 

 

東照宮境内                                  

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めちゃ 可愛い

 前回、こわいお人形でしたので、可愛らしいのを。

 お人形の良し悪しの基準は人によって違います。わけても五月人形とかの場合は、お客様と私たち(それなりの)プロとではずいぶんと評価が異なることが多いです。

 可愛い五月人形というのはけっこうたくさんありますが、私は、「どうです、可愛いでしょう」と言わんばかりのお人形はどうもあまり可愛く感じられません。作者の意図があまりに見え透いたような感じがしてしまうからです。

 小さな男の子は(女の子もそうですが)、だれが見たって可愛いものです。それを題材に採って製作した五月人形は、ただ可愛らしいだけではなく、そこに凛々しさとか覚悟、強さ、清冽さなどが感じられないと不満です。

 そこで、こんなお人形です。お顔はお雛様でも第一人者の川瀬健山、鎧は平安武久(寛宗)、着付は小西清甫、屏風は松月堂とそれぞれ名だたる京都の職人さんたちのこしらえた作品です。すがすがしい印象のお人形で、めちゃ可愛いです。

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めちゃ 怖い

 最近は五月人形というと兜や鎧のお飾りが多くなりましたが、少し前まではいろいろなお人形がその脇を固めるように飾られていました。人形は「ひとがた」、災厄を身代わりとして受けるために人の形に切り抜いた紙に厄を引き受けてもらい、川に流したり火で燃やしたりしたことが、雛人形や五月人形など節句人形の本来の意味合いです。

 「鍾馗(しょうき)さん」や「弁慶(べんけい)」などは、厄を引き受けるどころか災厄そのものをはねとばしてしまうくらいの勢いで、なるべく迫力ある怖いくらいのものが作られ、その凄まじさをいかに表現するかが人形師の力量として問われてきました。

 ところが、最近は「このお人形、怖い・・」という方がふえ、こうした怖いお人形が姿を消しつつあります。それにつれて、こうした人形を作ることのできる力量のある職人がほとんどいなくなってしまいました。

 写真は三代目・昭玉の鍾馗で、暗いところでみるとめちゃ怖いです。ですが、「守ってくれている」と実感できる素晴らしいお人形です。遺作なのでお売りすることはできませんが、これくらいの力量のある人形師さんが出てきてほしいと願っています。

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端午の節句

 三月三日も過ぎ、お店もなんとか五月人形に飾り替えることができました。人形屋にとって一番たいへんな飾り替えの一週間でした。

 お雛さまもそうですが、鎧や兜、大将人形も春から夏にかけて職人さんのところで一つずつお願いしたものです。それだけに、できあがってきたものにはどうしても愛着がわいてしまいます。

 鎌倉時代のころの甲冑は「世界で最も美しい武具」といわれ、ボストン美術館やルーブルにもおびただしい数の収蔵品があるといわれています。そのころの甲冑を元に甲冑師が意匠を凝らした作品は、まさに「節供の調度」にふさわしい節句品になります。

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