2016年5月アーカイブ

絶滅危惧種?

 朝日新聞に掲載していただきました。
 雛人形や五月人形など節句にかかわる道具類がつぎつぎと作れなくなっています。職人の高齢化、後継者の不在によるものですが、その最大の原因は「売れなくなった」ことに尽きます。売れなくなった原因には、少子化や生活環境の変化、節句への関心の薄さなどあげられていますが、私は最大の原因は業者自身の「節句への関心の薄さ」にあるのではと思ったりします。平たく言えば、業者が「売らなくなった」のです。陣屋提灯、太鼓、陣笠、座敷幟、馬など量販店さんを中心にカタログに載せにくい商品はどんどん削られ、ロスの少ないシンプルな飾り方が中心になってきた影響がもっとも大きいのです。
 なんとか絶滅の危機に瀕している「伝統的」な品々を残したい、あるいはせめて少しでも「延命」したいと思い、いろいろなところに働きかけています。この馬もそのひとつです。朝日新聞さんにとりあげていただきました。大したことはできませんが、とりあげていただけるような方がいらっしゃればどこへでも出かけたいと思っています。

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無言館

 毎年一度は信州へ行っているのに、永年行きそびれていて今回やっと訪れることができました。無言館。絵画などに描いた人の「ものがたり」を付加するのは違うのではないかと思っています。例えば障碍を持つ方が描いた絵を、障碍があるのにこんなきれいな絵を、とほめるようなこと、これは描いた方にも失礼なことだと思うのです。絵は絵そのもので評価されなければ、「秀吉が使った茶筅」みたいな骨董品的評価におちいってしまいます。
 と思っていましたが、この無言館ではすべての作品に「物語」がいやおうなくついて回り、作品と混然一体となって館の中に濃く立ちこめています。「大きな声で話さないで」の注意書きがありますが、だれもこの館の中では無言になります。十代から三十歳前後に亡くなった方がほとんどで、中には昭和二十年八月十九日に沖縄で戦死の傍書されている方もあり、いたたまれない気持ちがおさえられなくなります。おびただしい若者を死に至らしめたできごとを歴史にせず、ひとりひとりの心の画布に描き止めることが大切だと思います。安保法など正しいのかどうかもわかりませんが、賛成の方も反対の方も、こんな風に亡くなる方々をなくすための行動でなければ意味がありません。そして、これは我が国だけではなく戦争に参加したすべての国の若者にふりかかった悲劇であることを忘れてはなりません。更に、いまこの瞬間も世界のどこかでこの悲劇が現実に起きていることも。
 これは自分に言い聞かせている言葉です。

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おおみそか?

 秋から長い間無休で営業してきましたが、明日から少しお休みをいただきます。つまり、今日は大晦日みたいなものです。秋から毎日いれてきた火鉢の炭も、当分お休み。冬の間は気持ちまで温かくしてくれましたが、これからの季節は暑苦しくなりますので。
 でも、炭をおこしたときの匂い、大好きです。
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端午の節句 16

 間もなく五月五日、端午の節句です。日常の生活の中であまり意識されないイベントですが、端午の節句は奈良時代以前から続く歴史あるイベントです。
 「端午」という言葉から「はじめての午の日」に行われる節句と思われがちですが、もともとは「端五の節句」です。対応するように、ひな祭りを「上巳の節句」と呼びます。上巳とは、三月の最初の巳の日という意味です。奈良・平安時代には「上巳の祓え」と言って、三月三日に限らず、最初の巳の日に鴨川に出て祓えを行ったことがいろいろな書物に著されています。十二支ですのでひと月に多くて三回、上中下の巳の日があり、その「上」の巳の日という意味です。
 端午はなぜ「上午」ではないのかというと、午の日のイベントではないからです。奈良・平安の時代でも、端午の節句は毎年五月五日に行われました。端午ではなく「端五」、最初の五の付く日という意味なのです。五のつく数字は二十五、三十五、四十五と無限にあります。従って「上五」ではなく、「端五」なのです。端とは「はじめ、はし」の意味です。イベントに馬をよく用いたことからいつのまにか「端午」となってしまったようです。

 お節句の飾りにもなくなってしまったもの、なくなりつつあるものがたくさんあります。そんな中から「飾り馬」を取材していただきました。こうした取組から少しでも「絶滅危惧種」が延命できれば、と思います。

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